━━━━━これはおそらく、人生で初の特別なものとなる出会い。 『であい』 「………ってあれから旅に出たのはいいものの、一体どこへ向かえばいいのかしら…。」 共に働いてくれる仲間を探しに旅に出ることを決めた。 そこまではいいもの、それからどのように行動していけばいいのかが思いつかなかった。 どのように行動していけばいいのか…、というよりは、 目的地も宛てもない自分が、一体どこへ向かえばいいのだろうという気持ちだ。 あまり認めたくないことだが、エアリーは初っ端から途方に暮れていた。 自分の家を出た矢先に、街中走り回って住民達に声を駆け回るのは一苦労だ。 全員が全員とは言えないが、そんなことをしたらキャッチセールスか何かと勘違いされ、 「一緒に働きませんか?」という誘いが変な勧誘と誤解される危険もある。 (…というか、厳密には勧誘に近いのだが。) 街を歩き回る人々の様子を大まかに眺めてみるが、 武器に詳しそうなタイプの人はいなかった。 何も声をかけずに判断するものどうかと思うが、 朝礼台のような台にマイクなる物を持って呼びかけるのは恐れ多い。 「探すというより、まずは行く宛を見つけた方がよさそうね…。」 …多少の学習はしたらしい。 持ってきた地図の書物を片手で持ち、空いているもう一方の手で額の汗を拭う。 深くため息をついては、武器に詳しそうな人が集まっている場所や、 武器づくりそのものが盛んに行われているである地域を探してみる。 …武器が好きではあるものの、武器が一体どのように造られるかは、 実はエアリーはまだ殆ど知らなかった。 仲間を見つけ出すと並行して、武器に関する知識も身につけていきたいというのが、本望だ。 なので、まずはその知識を身に付けられそうな場所を探す。 地図の書物を暫く眺めていると、今いる街の近くにある山を越えた先に、 世間一般では倭国(わこく)と呼ばれる国が記されていることに気付く。 その項目には、武器となる刀や剣の製造がよく行われ、 伝統的な刀鍛冶が行われている国と書かれてあった。 「!…まず向かうとなれば、この国だわ!  長い旅になりそうだって考えてたし、パスポートは持ってきて正解ね!  うんうん、えらいわよわたし。ちゃんと忘れ物しないで持ってきたのね。」 頭の上に豆電球を浮かべたときのような、閃いた様子で倭国の項目を指差しながら言った。 この独りごとは、他の誰に対してではなく自分自身を褒めるのによく行うことだった。 誰も気に留めていないであろうが、最初の目的地として倭国を定め、 地図を片手に笑顔で山の方へ向かった。 ………その倭国にたどり着くには五行山(ごぎょうざん)と呼ばれる山を越える必要があった。 この山を越え、倭国に行くにあたっての有効な交通手段はないだろうか、と最初は考えた。 だが、今回の旅は節約を兼ねた自給自足も視野に置いておいた方がいいと、 交通機関を利用せず、自分がどの道を辿ったかがわかるようにと、 目印となるものを地に落としながら山を越えることにした。 …野宿することになっても、それの対策はバッチリのはず、 ………だった。 山というのは、ふもと付近は街にいたときと気温がそこまで変わらないものの、 高く、より高く、頂上を目指すように登れば登る程気温は低下し、 また気候も変わりやすく晴れていたのが突然大雨が降ってきた、ということもある。 山だけに、周囲は大木や草花しかない。 果たしてそれらが、急激な気温や天候の変化を防ぐものになってくれるのだろうか。 まだ標高がそれほど高くない位置では、登山道の途中にある山小屋や、 焚き火をしての野宿も決して不可能なことではなかった。 しかし、高く登れば登るほど、低気温と悪天候が容赦なく体力を奪っていく。 「………うっ………、寒っ………。」 あくまで仲間を探す旅の準備はしていても、 今のような登山に限定して準備をしたわけではない。 エアリーの身体は、登れば登る程次第に冷えていき、また歩幅も縮まっていった。 このままでは、低体温症と言われる病気か、もしくは凍死は間違いない。 今は自分の体調を優先した方がいいと、 エアリーは悪天候を凌げそうな洞穴を探す。 身体は震え、目は閉じかけ、手や足はかじかんでいく一方だった。 しまいには…、顔は熱くなり頭もぼんやりとしてきた。 はっきりしなくなってきた意識の中でキョロキョロと辺りを見回すと、 エアリーは今自分が歩いている場所から見えるところに、 大き目の洞穴があるのを見つけた。 「…助かった、わ…!!」 身体が完全にやられないうちに、エアリーはその洞穴へと入っていった。 洞穴は暗かったものの、悪天候を凌ぐには十分だった。 はっきりしない意識のまま、適当に散らばっていた木々を集めてから、マッチで火を灯す。 集められた木は、まだ乾燥していたのかすぐに燃え、 洞穴の入り口付近に光と温かさをもたらした。 その後、準備で持ってきた簡易毛布で身を包み、暖を取る。 「ふぅ…。」 暖を取り、心身ともに落ち着いてきたところで小さく一息つく。 ガラスの瓶に入っている水とマグカップ、そして乾燥させたレモンの切れ端を取り出す。 果物の切れ端を先にマグカップに入れ、その後に水を注ぎ、焚き火の近くに寄せ、温める。 マグカップは耐熱性のあるもので、火に近付けても割れることなく、 簡易的なレモンティーと化した飲み物を温めてくれた。 肩の力を抜き、リラックスしてそれを口に含むと、 じんわりと身体全体を温めていった。 「(…空模様が落ち着くまで、この洞穴からは出ない方がよさそうね。)」 それが正しい判断だとしても、いつまで持つのかは考えず、 エアリーはもう休むことにした。 登山での疲労に加え、悪天候により体力も奪われている。 レモンティーを飲んだその少し後、やっと出番だと言わんばかりに襲いかかってきた睡魔にやられ、 エアリーは…、静かに眠ってしまった………。 「(━━━━━っ!?)」 エアリーが休んでいる洞穴に、経った今戻ったその人物は、 その光景を見てギョッとした。 自分が住居化させたこの洞穴に、純粋な人間が堂々と眠っている。 しかも、足元には何かを飲み干したマグカップと、 更にその奥には焚き火も燃えたままだ。 勝手に人の薪をを使うなんて、とその人物は叩き起こしたくもなったが、 エアリーの身体がまだ濡れていることに気付くと、 「…今は、起こさない方が、俺にとってもこいつにとってもいいか。」 肩に触れようとした手をピタリと止め、顔を少ししかめながら呟いた。 その人物がチラリと洞穴の外を見るが、山の悪天候はまだ続いている。 その人物は、今の空模様とエアリーを交互に見ながら、簡単に予想する。 「差し詰め、登山中に悪天候に見舞われ、低温に危険を感じてこうしてるのだろうな。  そしてこの焚き火は、それにより失った体温を戻そうとつけたものに違いない………。」 熟睡したエアリーの状態を目で確認しながら、その人物…大聖(だいせん)は目を細めた。 自分が合うことを恐れた人間。しかし、エアリーを追い出そうということは出来なかった。 今の山の状態、エアリーの状態から大目に見ている面もあるが、 大聖から見たエアリーの寝顔は、どこか楽しそうに見えたからだ。 人目を避ける大聖とはいえ、いともたやすくえげつない行為を行う程の非情な者ではない。 寧ろ、自分を含めこのような現状ならば助けるべきなのだろう。 「(…ただ、問題はこいつが起きてからだ。   なんとか、今の俺の姿が目に入らないといいが、   こいつがいつから来ていつから眠ったのかがわからないからな。)」 …エアリーを暫くここにとどめさせていても、直接的な問題には繋がらない。 とはいっても、起きた後もそれが許せるのかを聞かれるとそうでもない。 大聖はエアリーを起こさないようにと、エアリーから見ると反対側の位置を歩く。 大聖が自分や焚き火の前を通り過ぎても、エアリーは眠ったままだ。 そんなエアリーがいる位置よりも、大聖は闇の中へ消えるように奥へと入っていった。 その後暫く、大聖が姿を現すことはなかった。 ………。 「━━━━━………っ、んー………。」 この洞穴に避難してから一夜が明け、差し掛かってきた朝の日差しにエアリーは目を覚ます。 疲れが完全には取れていないのか、まだ少し眠たそうにしながらも身体を起こし、 上半身だけで背伸びを行う。エアリーが背伸びを行えば、 身体に包んでいた毛布が『バサァッ…。』と音を立てて地に落ちる。 「あっ…、いっけない…。」 背伸びをして毛布の落ちる音が鳴った直後、 エアリーは毛布が汚れることを懸念して、地に落ちた毛布を拾い上げ、 ついてしまった土や埃を軽く手で掃い取った。 その際に身体を起こしただけではなく立ち上がり、 すっかり天気がよくなった空を眺めては「うわぁ〜…。」と感嘆の声をあげた。 悪天候から一転、洞穴から見えた空は淡い青色で満たされていた。 雨上がりということもあり、水たまりが日差しを反射し、辺り一面を美しく照らしている。 そんな景色を眺めてから、エアリーは立ち上がり、一旦洞穴から飛び出した。 昨夜は悪天候だったためまったくと言っていいほど見えなかった壮大な景色が、今、見えている。 洞穴から飛び出し、しかしそこから大きく離れることはせず、 手荷物から携帯食料を取り出して一口噛む。 水を通さない袋に入れていたものの、携帯食料は少し湿気ていた。 それでも、すっかりお腹が減ったエアリーにとっては、かなりおいしく思えた。 それを食べ終えてから、洞穴を離れて再び登山しようと思ったとき、 「…そう言えば、この洞穴はどこに続いてるのかしら?」 …と、ふと疑問を浮かべた。 昨夜はこの洞穴で休むことでいっぱいだったため、 この洞穴が一体なんなのかなど、まったく考えていなかった。 しかし、一度休むことで気力と体力が戻った今。 「登山って言っても、がむしゃらに登ればいいってわけでもないものね。  この洞穴が、山のふもとに繋がってるといいけど…。  うーん、確かに入り口の時点では、方角的に合ってるのよね…。」 洞穴入り口前で地図を広げながら、悩んだ様子で言った。 登山を続けるか、方角的には合ってるという洞穴の中へ進むか。 考えて出した結論としては、登山とはいってもどこへ向かえば何があるのか、 …という標識がなく方角を見失ってしまいそうということから、 方角が比較的に明確になっているこの洞穴の奥へ、進んでみることにした。 ………残っていた焚き火の炎を、外に水たまりを利用して消した。 その薪の中の、濡れていないもう一方の方に火をつけ、簡易的な松明を作る。 それを灯りに、エアリーは洞穴の奥へを歩いていった。 洞穴の中は思っていたよりも広かった。 洞穴、というからには壁や床、天井の多くは岩で囲まれていた。 ………ここまではいい、ごく自然の洞穴通りなのだから。 …洞穴の奥へ進んでいくうちに、洞穴の内部の光景が変化していった。 入り口付近は普通の洞穴だったのが、奥の方では家具や農作業に使う道具などが並べられていた。 更には…、人1人分入れそうなタルのようなもの。更にその下には薪があった。 家具や道具を見てから、エアリーの中に1つの不安が過ぎる。 「………わたし、不法侵入?」 奥へ奥へと進む度に、「これはまずい気がする。」と苦笑いを浮かべていく。 それでも足を進めるのは、この洞穴が一体どこへ続いているのかを知るためだ。 しかし、やがてたどり着いたところは、行き止まりだった。 これは、完全に自分の不法侵入かもしれないと嫌な予感がしたとき、 エアリーは、奥の方に見えたワラで造られた敷布団に目をやった。 ………誰かが寝ている。 自然的な洞穴の中にある、人工的な道具の数々。 一見へんちくりんに思えるこの場所に、誰か住んでいるというのだろうか。 エアリーは不思議に思い、その人物を起こさないようにとそっと近づく。 その人物の肌は褐色で、髪は燃え盛る炎のように赤い。 黄色の鉢巻きらしきものを頭に巻いており、それには三日月形の装飾が付けられていた。 そう………、エアリーが見つけた人物は………。 「…これは、猿の…獣人…?」 なら、この場所でも過ごせておかしくはないと納得出来たと同時に、 なんで独りでこんな山奥に住んでいるのかと更なる疑問を浮かべた。 それに加え、この人である猿でもある者が、 自分が行きたがっている倭国への道を知っているならば。 ここで出逢った唯一の人だ。エアリーは、可能ならばいろいろ聞いておこうと考え、 その人物の肩に手をやり、身体を軽く揺さぶってみた。 ………勿論、結果論を予想したなら無謀に近い行為でもある。 ………純粋な人間であるエアリーが接近していることに気付かず、大聖は普段通りに眠っていた。 時間帯はまだ朝。人も動物も眠っていてもおかしくはない時間だ。 なかなか起きない大聖に痺れを切らしたのか、 エアリーがより激しく身体を揺さぶると、 「………ぅ、ん………?」 横になっていた大聖も目を覚まし、はっきりしない意識でむくりと起き上がる。 だが、自分を起こした人物の姿を目にすると、 眠気を一気に解放させ、飛び上がるように驚いた。 「あっ。起きた!ごめんね、急に起こしちゃって。」 「なっ…!?お、お前はっ…!!」 起きた大聖の顔を見ながら、エアリーが困ったように笑っていた。 それに対し、大聖は目を大きく見開いて固まっていた。 まぁ、大聖からしてみれば当然かもしれない。 自分があれだけ避け、やがて人目の入らないこの洞穴に住み始めて以来の、 ………人間なのだから。 「おまっ…!お前、いつの間にここに来たっ!?」 「…え?どうやってって…。昨日の酷い雨の際にこの洞穴を見つけて、ここで休息とってただけよ?」 「…昨日の雨…。そうか、お前は昨日俺が見かけた…。」 「見かけた?…あれ?あなた、わたしを知ってるの?」 「………。」 表情を変えずに問う大聖に対し、エアリーがキョトンとした様子で答えた。 エアリーの返事を聞き、大聖は昨日のことを思い出す。 それにより、エアリーがいつからここにいて、 また…それからどうしたのかをある程度予測することが出来、大聖は一旦は落ち着く。 しかし、そんなエアリーがまだここにいることが気に食わないのか、 少し顔をしかめ、追い払うかのようにこう言い放つ。 ここは、行き止まりの洞穴。尚且つ大聖にとっては住居だ。 避けるという選択技はなく、エアリーをこの洞穴の外へ出すしかなかった。 「…その様子だと、お前の体力も気力も戻ってるはずだ。  今は大雨だって上がってる。…登山か下山か知らないが、  この山を歩くなら、今のうちだぞ。」 「それはそうだけど、ただ歩いてるだけじゃまた酷い目に遭うわ。…昨日みたいに。  ねぇ、わたしはこの山を越えた先にある倭国へ行きたいの。  もし何か知ってるなら、道案内してくれない?」 「倭国…?確かにこの山を越えた先に倭国はあるが…。  その身ぶりだと倭国出身ではないようだ。一体何のようだ。」 「わたしは武器屋をしてるの。でも、職人としてはまだ見習い。  武器となる刀や剣の製造がよく行われ、伝統的な刀鍛冶が行われている国、  って言われてる倭国に行って、いろいろ勉強しようって思ってるの。」 「倭国で鍛冶の勉強………。」 初めて会う自分に対してなのにも関わらず、エアリーはなんの躊躇いもなくそう言った。 エアリーの何かを抱いているその様子に一瞬戸惑いながらも、 大聖は少し眉を寄せてエアリーの方をジッと見つめた。 その後、溜息をついて何かを諦めているかのように話す。 「…やめておけ。倭国の奴らは謙虚な反面、何を考えてるのかがわからない奴ばかりだぞ。」 「そうなの?でも、一度もそこに行ってないわたしからしてみれば、それはただの虚言ね。」 「虚言?俺はお前と違ってそこに行ったことがある。  そんな俺の言葉が、信じられないとでも?」 「そういうわけじゃない。だけど、それはあくまで“それを知ったあなたの感じ方”でしょ?  あなたのその台詞を鵜呑みにする程、わたしもまったく自信がないわけじゃないわ。」 そっぽを向きながら言われた大聖の台詞に対し、 エアリーはうろたえることなく、まっすぐに大聖を見てそう返した。 その台詞に対しても、大聖はまたハッとする。 そんな大聖の様子を気にしながら、エアリーは話を続ける。 「わたしはまだ一度も行ってないの。倭国にある何もかもは、わたしにとっては未知なのよ。」 この台詞が留めになったのか、大聖はエアリーの方をバッと振り向いた。 エアリーの姿は、自分のものとは違っていた。 いや…姿とはいっても単なる外見のことを言っているのではない。 『それはあくまで“それを知ったあなたの感じ方”でしょ?』 『わたしにとっては、未知なのよ。』 ………まるで夢を抱いてるかのような理由に加え、 自分はまだ何も知らず、行ってみなければわからないから、か………。 エアリーは、本気だった。…口にしなくとも、眼がそう言っているような気がした。 そこへ向かうために自分に聞いたということは、 少なくとも自分の正体を知ったうえで、自分の力が目当ててやってきたわけではないのだろう。 そこへ向かうにはどの道をゆけばいいのか、それを聞く対象がたまたま自分になっただけだろう。 いずれにせよ、こういう人間は久しぶりかもしれないな………。 大聖は、ほんの少し顔を暗くして立ち上がり、 「…一旦、この洞穴を出るぞ。ついてこい。」と言って、歩き出した。 この台詞の意味がわからないのか、エアリーは「急に何よ?」と首を傾げながら後をついていく。 ━━━━━大聖が試みようとしていること。 それは、エアリーが本当にそうではないことを、 自分とエアリー、双方の手で証明させるためだ━━━━━。 『A-04 あかし』に続く。