━━━━━大聖の提案により、宮守(りもや)と井守(いもり)の隠れ家へ急遽行くことになった。 その理由と簡潔に述べると、エアリーと大聖が行きたがっていた倭国では、 今は大蛇が暴れていて足を踏み入れない方がいいと警戒したためだ。 そこに入れない代わりに、剣を持つ武器を知る宮守のところで教わった方が効率的だと考えた。 そこで宮守が大蛇としての本性を現すかもしれない、という点も含めてだ。 大蛇というのは、神々の退治の対象であり人間が脅かされる対象でもある、 竜に最も近い、あるいは同等の種族と言われている。 よく見る蛇やトカゲのように鱗を持つ宮守の種族なら、それに該当することは十分に考えられる。 もしかしたら、純粋な人間であるエアリーを前に特殊な行動も起こすかもしれない。 大聖(だいせん)は、剣に興味を持っているエアリーを関わらせることで、 密かにその答えを見い出そうとしていた。 ………今の段階では、仮に宮守が大蛇であるとしても、 倭国で暴れている大蛇と同一の者なのかは、まだ………別問題だ。 もしエアリーの身に何かあれば、共に行くと決めた自分がなんとかしなければならないのだから………。 『はじめてのかじ』 「━━━━━武器の造り方は知っているか?」 「う、うーん。本とはでは読んだことはあるけど、実際に造ったことはないわ。」 「そうか。」 あの老人に告げられた忠告から、宮守のことをひたすら警戒している大聖をそっちのけに、 エアリーはその宮守と親しげに話していた。…その光景は、料理教室ならぬ鍛冶教室だった。 実際に造ったことはゼロだとエアリーが言うと、 宮守が隠れ家に置かれている小さな棚から古い書物を取り出した。 …武器を知る身である者らしく、隠れ家と言ったこの家の内装は、 陶芸などを作っている、職人の工房を想わせるものだった。 また、この隠れ家が倭国に近い位置にあるということもあり、どちらかといえばオリエンタル風貌。 …パッと見は、普通の民家や工房とそんなに大差は無い。 砂鉄や埃などの粉を被って、すっかり色が変わってしまった木で出来た棚。 そこから書物を取り出し、適当にページを捲って一部の内容をエアリーに見せる。 「最初に知っておかなくてはならないこととしては、武器の生産に最低限必要なもののことだ。」 「うんっ。」 今から教えると言わんばかりに宮守が言えば、エアリーも少し緊張した様子で筆記用具とメモ帳を取り出す。 「まずは砂鉄だ。これがなければ製鉄は出来ない。鉱石などでも代用は可能だ。  ただ、砕く手間を考えると砂鉄の方が効率はいいぞ。」 「武器の材料は砂鉄と鉱石、ね…。メモメモ。  …で、これらを集めてどうするの?」 「そうだな…。製鉄には2つの方法があるが、武器製造の場合はケラ押し法が主だ。」 「ケラ押し法って何?」 「砂鉄から鋼を作る方法さ。鋼も鉄の一種で、炭素量が1パーセントから2パーセントの間の物を言うよ。」 「へぇ〜、呼び方が違うから、まったく違う種類の金属だと思ってたわ!」 「おまえのように、そう思っている者もいるだろうね。  あまり知られていないようだが、武器に限らず工具の多くは、  鉄のうちの鋼で出来ているんだよ。」 「そんなに使われてるの!?」 「あぁ。でも、実質的には炭素量が2パーセントを越える物はそうないよ。  よって、鉄と鋼の違いはそれほどないのかもね。」 「そうなんだ…。砂鉄から鋼を作るって言われたときは、『えっ!?』って思ったけど…。」 「確かに、名前だけで考えると惑わされるかもな。」 宮守が気さくな様子でそう教えると、エアリーも熱心にメモを取っていく。 最低限知っておかなくてはならないと言っていた、これも武器を造る者としては基本的なことなのかもしれない。 …鉄と鋼の違いは大聖や井守も知らないようだった。 そんな井守の方を見ては、大聖がかなり意外だと小声で話し掛ける。 「…お前はその宮守と一緒にいる割には、今初めて知ったという顔だな。」 「ったりめぇだろ。おれは蛙だぜ?砂鉄燃やして鋼造ってる部屋なんかに入っちまったら、干からびて死んじまう。」 「部屋に入るどころか、その光景すら目にしたことがないと?」 「悪かったな。おれは武器を持てる程の力はないんでね。」 …なんか、若干皮肉を混ぜられたような気がする。 しかも、自分の種族の特徴を知っていれば、それらも予想出来て当然だ、みたいなしかめっ面をされた。 それも大聖は気にくわなかったが、楽しそうなエアリーと宮守の雰囲気を壊したくない。 大聖はエアリーの傍につき、井守は宮守の傍につくことで、気分を変えようとする。 そんな2人の移動を横目で確認してから、宮守が続けて話す。 「ケラ押し方法のケラというのは、鋼の塊のことだ。  鋼は伸ばしたり叩いたりして、鍛えることが出来るから、剣や刀といった刃物は勿論、  工具を造る際にもよく用いられるんだ。」 「そうなの!じゃあわたしが何か造るときもまずはその砂鉄を集めるといいのね!  …でも、砂鉄を集めてからはどうするの?先に焼いて鋼を造るの?」 「そうだな…。砂鉄を集めたら、操業開始から3日後の昼か夜にまでじっくり焼くんだ。  砂鉄、次に木炭を投入して鉄を造る。そこから更に焼き上げる。  焼き上げた後は、砂鉄を更に配合していき、炉を活発にさせる。  炎が山吹色になったら、丁度いいくらいだ。  この頃になると炉壁は細くなって、以降の作業が出来なくなるから、ここで終了だ。」 「う、うーん…。」 「どうした?」 「宮守、説明してくれるのはありがたいんだけど、  …もうちょっとゆっくり説明してくれないかしら?  一変に説明されると、メモが追いつかなくて…。」 「あぁ、それもそうだなぁ。すまない。おまえのペースを無視してしまったようだ。」 エアリーが宮守の説明をメモしていこうとするが、 宮守の説明が熱弁に変わっていった途端、ついていけなくなってしまったらしい。 書きたいのに書けない、ペンを軽く振り回していた。 エアリーがかなり困った顔をすれば、宮守も困ったように笑っていた。 説明に追いつけなかったエアリーの隣で、 話そのものは割と熱心に聞いていた大聖がフォローする。 「まぁ、宮守の話したことを纏めておくと………━━━━━。  1.まずは、鋼の材料となる砂鉄を採取する。鉄鉱石を砕いた上での代用も可。  2.砂鉄、次の木炭を溶鉱炉に入れ、操業開始から3日かけて焼き上げる。    焼き上げる際は炉の様子を見ながら砂鉄を加えていく。  3.溶鉱炉の炎が山吹色になり、炉壁が細くなれば作業終了。  ━━━━━ということだろう。まぁ、実際に試行錯誤しなければ身にはつかないだろうな。」 宮守の説明を、大聖が簡単に纏めた。 それを聞いた宮守も「勝手に纏めるな。」などとは言わず、「その通りだ。」と頷いた。 一方、井守はそんな大聖が気に食わなかったのか、 後頭部で腕を組み、「それ、おれの役目!」…とぷんすか怒っていた。 そうした後、今度は自分がフォローしたいと言わんばかりに、井守が宮守に提案する。 「じゃ、なんでも挑戦っていうじゃん?ちょいやらせてみるか?」 「そうだな。実際やってみると、かなりの熱さとキツさがあるからな。  それに、女の武器職人は滅多にいない。貴重な存在になる。」 「…そうね!!大変そうだけど、わたしやってみるわ!!」  「(…ん?)」 井守がいたずらっ子のような笑みを浮かべて言えば、宮守もそれに対し同意という様子で頷いた。 武器に携わりたいエアリーは、これからのことなんてまったく考えておらず、 ただ自分が挑戦したままに、宮守と井守に付き合うつもりのようだが………。 大聖は、エアリーの宮守と井守に対する返事を聞き、眉は寄せ首は傾げる。 「エアリー…、お前まさか最低3日もこいつらと一緒にいる気か?」 「何よ。『教えてあげてほしい。』とか『試行錯誤しなければ身に付かない。』とか言っておいて…。」 「それはそうだが、3日…それ以上もここにいてどうする気だ?」 「いいんじゃねぇの?教えるっつったからには、おれは別に構わねぇし。  鉄なんて1日で出来るもんじゃねぇってことは、宮守は最初から知ってたんだし?」 「まぁ、ここで試してみるというなら、宿泊は確定的ということだ。  …大聖は、もしかしてそれが嫌なのか?」 「いや………、別にそういうわけでは………。」 この2人とそんなにいることになろうとは思わなかっただけだ………。 …宮守と井守のペースに巻き込まれないように、と思い切って頼んだことが、 寧ろますますペースに巻き込まれてしまったような気がする…。 大聖が悩ましそうに、後頭部に手を回すのをよそに、 エアリーはというと、更に目をキラキラさせて、宮守と井守に詰め寄った。 「え?何々?じゃあここに泊らせてくれて、もっといろんなこと教えて、しかもさせてくれるの!?」 「あぁ。2人くらいなら大丈夫だ。それほどこの隠れ家は狭くはない。」 「ただな、貸せそうな部屋なんだけど、ちょい煤とか埃とか溜まってるからなー。  んー、そうだな。エアリーと宮守が製鉄してる間おれは近寄れねぇから、  2人に貸す部屋の掃除とかしてるわ、宮守。」 「そうだな、ありがたい。」 「うふふっ、じゃあ決まりね!宮守、井守、よろしく!」 「「あぁ(おぅ)、よろしく。」」 「………。」 宮守と井守の誘いに応えると同時に、大聖にも無神経になっていってしまったらしい。 エアリーは、1人もうついていけないという困った大聖には目もくれず、 宮守と井守に言われるがまま、暫くはこの隠れ家に留まることにした。 1人どうにでもなれと拗ねた様子の大聖に気付いた宮守が、声をかける。 「大聖、おまえはその間どうする?おまえは熱いのは大丈夫なのか?」 「………ん?あ、あぁ。俺は別にどうってことない。」 拗ねてそっぽを向いていたところいきなり声をかけられ、 大聖は少しあたふたしながら宮守に声をかける。 確かに、自分はエアリー同様の恒温体質故に、気温が極端に変わろうが耐えられないことはない。 とはいえ、大聖からしてみればそれがどうしたという話だった。 エアリーと違って、大聖には………自分のやりたいことがない。 しかし、それでも周囲を取り巻く空気だけは読んだ方がいいと、 大聖は咄嗟に思いついた答えを、宮守に言う。 「そ、そうだな…。なら俺もエアリーや宮守にご一緒させてもらうとしよう。  武器が造られる工程というのは、俺もよく知らないからな。」 「そうか。知ろうとすることは悪くはないからな。」 「あ、あぁ…。」 大聖が少し歯切れ悪く言うと、宮守も微笑して頷いた。 ………。 その後、エアリーと大聖は話通り、宮守と井守の隠れ家に泊ることになった。 エアリーは宮守のもとで製鉄や鍛冶に仕方を教えてもらい、大聖はそれを眺めるという形になった。 製鉄の際に扱う溶鉱炉や炎の熱さに耐えられない井守は、 エアリーと大聖が泊る部屋の掃除をすることになった。 操業場から1人離れた井守は、貸し与える部屋に向かい、 掃除道具片手に部屋の掃除を始めた。 「久しぶりに来てみたけど、やっぱこの部屋汚ねぇな。」 家具や寝具には埃や、操業場から風により流された煤などが被っていた。 今から掃除をすると軽く準備をしてから、布団叩きを使ってそれらをはたき、 その後日光に当たるように適当に外に並べた。 埃や煤を払った布団に、掃除で舞い上がるものが付かないようにと、網戸は閉めておく。 布団を最初にどけなければ、部屋全体の掃除がしづらいためだ。 布団を干した際に、井守の湿った髪にそれらがつく。 井守はそれを振り払おうと長い髪を揺らすが、湿った髪の水分をそれらを吸収してしまったらしい。 「…後で、水風呂でも入った方がいいな。」 埃や煤にまみれた髪を見て、井守がポツリと呟いた。 一部の人には理解出来る文句とはいえ、この部屋を使うのはエアリーと大聖というお客さんだ。 商売目的で宮守が教え込んでいるわけではないものの、 蛇である宮守に下手に逆らうと、蛙である自分は食べられてしまう。 「ま、この部屋掃除するっつったんはおれだもんな。  宮守がここ掃除しとけっつった場合でも、結局やんなくちゃならねぇわけだし。  でもなー、あいつ…大聖相手だと宮守大丈夫かなー。  純人間のエアリーは蛇なんて食えねぇからノーマークでも大丈夫だろうけど…。」 ふと、掃除していた手を止め、軽く俯いた。 表情を少し曇らせ、どこか寂しそうな顔をして、ポツリ、ポツリと独りごとを言う。 「あの宮守が目ぇつけた猿なんだ。確かに猿が蛇食うなんて聞いたことねぇけどな。  宮守の本当の恐ろしさをおれは知ってる。けど、その宮守が目ぇつけたってんなら、  猿…大聖はタダものじゃあねぇってことかもな。  けど、恐ろしくとも普段の宮守は頼もしい鱗人(りんじん)。  今のところは心配する必要はねぇだろうけど…。」 寂しそうな顔だったのが、話していくうちに険しい顔へと変わっていった。 「…おっと、そういや大聖は一応フリーだったな。  もしこのことを聞かれてたら厄介だから…、これ以上は言わないでおこうか。  尤もおれは、宮守が大聖に食われねぇか。それだけを心配してんだけどな…。」 2人に貸す部屋をいったん出て、3人のいる操業場の方を…目を細めた警戒の表情を眺めた。 1人掃除をしている井守が視線を向けた操業場では━━━━━。 「━━━━━ふぅ、溶鉱炉…火床?…で作業するだけあって、汗が吹き出るわね…!」 「ぼくは熱さには強い種族だが、人間には堪えるかもな。」 その頃、エアリーは宮守の指導の元で製鉄作業を仕込まれていた。 エアリーが行っている工程は、先程宮守から教えられたケラ押し法というもの。 砂鉄と木炭を溶鉱炉に入れ、その後火をつける。 以降は火力に木を配りつつ適度に砂鉄を追加で入れていく。 作業そのものは慣れてしまえばどうってことはないが、 長時間熱さと戦わなくてはならないこの状況に、エアリーは少し疲労を起こし始めていた。 「ここを離れる際に火加減には注意しておくように。  焼き上がるまで火を絶やしてはならない。」 「この熱さがだいたい3日まで続くのね…。でも、  これだけ熟成みたいなことしたら、それだけいい鉄が出来上がるってことね?」 「あぁ、そうだ。」 「そっかぁ…。よし!もうちょっと頑張ってみるわ!」 「………。」 もう慣れてしまったのか、それとも熱さそのものに大きな抵抗力がある種族なのか、 宮守はエアリーや大聖とは違い、平気そうにしていた。 腕を組み、あまりの熱さにやられそうになっているエアリーを大聖の傍に座っている。 …熱さにやられかているものの、これが出来なくては武器職人は目指せない。 鉄を扱う者というのの多くは、この熱さの中でも汗を吹き出しながらも日々作業をしている。 単に熱さに弱いだけではなく、体力も消耗しやすいこの手の仕事は、女性には不向きだと言われている。 しかし、エアリーはそれを知り、自分のやりたいことと言って進んで学ぼうとしている。 宮守がエアリーの気持ちに答えたのは、エアリーの態度を見て何かが楽しみになったためだ。 熱さにやられようとなっていても、エアリーはいきいきとしていて、楽しそうだった。 ………このような存在は、今となっては珍しい。 それが興味となり、宮守は積極的にエアリーに干渉しようとしている。 女でありながらも力強さのあるエアリーを見て、宮守もいてもたってもいられなくなったのだ。 それは、エアリーと同様に女であり尚且つ宮守は強力な……である宮守だから共感出来ること。 ………やってみようと思った。こいつには是非教えてみようとも思った。 結果的に期待外れになろうが、1つに価値観に縛られるよりかは、 分野や状況を選ばずに望むままに進む心意気のやつの方が、興味が湧く。 そうだな…。いずれは自身で造ったその武器で、このぼくの首を奪ってみるか? そんな無謀なことも実現出来たなら、おまえはそれだけでも大物だろうよ………。 「………や。宮守………?」 「………?」 エアリーを見つめている宮守の不敵な笑みを見て、一方の大聖は嫌な予感がした。 宮守から嫌な予感がした、それは口が裂けても言えない。 エアリーが製鉄作業に励んでいるその傍で、大聖が自分の声をかけたことに気付くと、 宮守は一旦視線を大聖の方へ向けた。 その際、大聖と宮守の顔の距離感は比較的近かった。 大蛇の証とも言える蛇の目が、大聖の青ざめた顔を映していた。 ………自分とエアリーが弱まるこの熱さの中にいても、 宮守1人平気という状況が、大聖にとっては恐ろしかった。 熱さにやられ意識を失ったところで、人間であるエアリーを食わないかという危険があった。 これが単なる被害妄想であってほしいと願っても、 今からそれを警戒せず、後に本当にそうなってしまったとすれば、 そのときにはもう、手遅れだからだ。 これまでの宮守に対する考えが「考え過ぎだ。」と言われようが、 それくらいの用心深さはなければ、エアリーの身に何かが起こっても行動が遅れてしまう。 ━━━━━被害妄想と言われようが………、 いや、その一言で片づけられるいい結末ならいいんだが………━━━━━。 『B-03 しこみ』に続く。