思えば、この出会いはお互いの運命を大きく変えていたのかもしれない。 いや、これもまた、星の運命だったのかもしれない。 今となってはそんな事は、最早どうでも良かった。 それは昨日の出来事か、もしかしたら数光年前の話だったのかもしれない。 本来出会うことのない2人が出会う日。それは決して繋がることのない遠い遠い所から。 ある星では戦争が起きていた。 環境が地球に限りなく似ている。が、地球とは全くかけ離れた場所に位置する星。 異なっているのは、小さな星であるのか、言語が統一されている事、そして生態系くらいなのかもしれない。 それは決して他の星、銀河系に影響する程の規模ではなかったが、その戦火は確実にその小さな星を疲弊させていた。 今回お話しする舞台は、そんな星の中にそびえ立つ山嶺。 一番高度が高く、山なのに空は常に澄んでおり、そこから見える夜空は年中別の星からも観光客が訪れる程、有名な場所だ。 だが、戦時中となった今ではその空はすっかり変り果て、黒い霧雲がそこらじゅうでかかり、数々の集落がその雲の資となってしまった。 「まいったなぁ」 そこにいたのは一人の軍人。いや、看護師か。度重なる緊迫した日々により体はやせ細っていた。 少なくともこの戦争に関わっています、と言わんばかりの身なりで一人ぽつんとキャンプに座っていた。 「看護役として駆り出されたものの、先立つ戦友共は次々と即死・・・・・・」 キャンプのメンバーは当初、数十人ほどの大人数だったが、山嶺に上る時、山賊に行く手を阻まれ、その隙に敵に大幅に戦力を奪われる。 今は十人前後の精鋭のみが残り、山の次々を征服しながら拠点を広げていった。 「一体この戦争に何の意味があるんだか・・・・・・」 男は一人、掠れた夜空を見上げて思った。 「こんなつまらない戦争なら、僕なんか必要なかっただろうに」 「『女王様の後を継ぐのは誰だ?』・・・か」 手にした新聞を読みながらそうつぶやく。 この星は、とある『王』が絶対的な権力を持ち、国民との調和を保ちながら平和に過ごしていた。 だが、ある年のこと、王の継承を王の子孫でなく、国民の中から選抜するという型破りな法が制定され、星は急変。 数多くの継承候補の有力者たち同士が啀み合い、事態は別の星から傭兵を雇うにまでエスカレート。 「馬鹿馬鹿しい。他の星に行けばもっと豊かな、もっと暮らし易い所なんて腐る程にあるのに」 やや呆れ気味に垂れ流しながらこう続ける。 「でも、王女様は才色兼備な人のようだし、そういう自分も雇われ者だから仕方ない」 コードネームをフィナレスと名乗る看護師もまた、傭兵として雇われた人だ。 戦争が勃発した為、平穏な日常から一変、この星の戦闘員に雇われる事に。 雇い主はこの星でも1,2位を争う程の超新星で、今も最前線でその若さを武器に次々と敵を薙ぎ倒している。 「もうあいつ一人だけで十分なんじゃないかな。怪我人もあの選抜メンバーでは死ななさそうだし」 そんな事を思っていた看護師だが、突然電報が鳴る。 「ん?なになに・・・。・・・・・・なんだと・・・!?」 その内容を読んだ時、唖然とした。 「我が軍の戦闘要員が全滅した・・・だと?」 あれだけの戦闘能力を持っている若手が、一気に全滅だなんてありえない。そう思いながら電報を最後まで読む。 『最早我々の派閥で生き残りはお前だけだ。つまり壊滅という訳だ。依頼者を死なせた私たちは即クビだ。私はもっと別の平和なビジネスを探す。あとはお前だけの力で何とかするんだな』 ・・・なんて身勝手なんだ。 「まぁ、もともと自分なんてどのまとまりにも属さない人だしな。前に警察官になっていたけど上司とのいがみ合いで辞めさせられたし」 こういう結末になるのは、なんとなく分かっていた。そもそもあの若手、経験が無さ過ぎる。夢を追うのは良い事だが、無謀。無謀。 「王位継承者・・・か。こんな自分でもなってやることはできるだろうか」 上司無き今、フリーとなってしまったフィナレスは密かに野望を持つ。 「面白い。一人でどこまでやれるか、やってみようじゃないか」 そしてこの無謀といえよう挑戦に差し掛かろうとした。その瞬間であった。 突然の大きな爆音。星が衝突したかのような大きな衝撃。 「大変だーー!!王国が襲撃されたぞ!」 すぐさま他の軍からの声が聞こえる。 どうやら女王がいる王国で、謎の襲撃があったらしい。 「革命・・・か、事故・・・か。自分程度の力ではどうする事もできないか・・・・・・」 男は、少し冷静に考え、王位継承などとその気になって高ぶっていた心を落ち着かせる。 暫くの騒動も収まり、山は復た、静寂を取り戻す。 戦いによって荒れた「悲鳴」を除き・・・・・・ 悲鳴・・・?微かに聞こえる・・・・・・ 同じ・・・「孤独」の中の悲鳴・・・・・・ 「・・・めて・・・やめてよっ・・・!!」 「・・・!!」 その「耳」は確信した。山の高い所から確かに女の子の声が聞こえた。 一目散に駆ける。途中の瓦礫に行く手を遮られながらも、力づくで山頂へ向かう。 そこにいたのは、1人の少女と二人の軍人らしき男。 一人は、その強靭そうな腕で少女の片手をがっちりと掴み、もう一人はとどめと言わんばかりに両耳を握っていた。 「へへっ、国民であるコイツを人質にすれば、あの混乱した国家なんかイチコロよ」 「頭良いっすね!これで我々の手柄になりまっすね!!」 「・・・・・・・・・」 いかにも悪そうな雰囲気を醸し出しているコンビだ。こういうのを雛形というのだろうか。 「それにしてもコイツ、・・・かなりのベッピンさんやなぁ・・・このまま俺たちが貰ってやろうか!!ガッハハハハ!!」 「ダメっすよ!ちゃんと人質に取ればそんなもの、後からいくらでも付いて来るっす!」 「何をしているんだ!放してやれ!!」 ドサッと、持っている荷物を振りおろし、細い看護師は軍人に叫ぶ。 「何だぁてめぇは・・・!?」 「兄貴に刃向うとは、良い度胸っすねぇ!!」 「いいからさっさと放せ!!」 兄貴と呼ぶ、その極悪な男は、持ってる耳を思い切り地面に叩き付けた。 「やっぱ作戦変更。コイツの首を持って行けば、敵に恐怖させる事が出来る」 「ちょ!そして、この美人さんもついでにいただけて一石二ちょ・・・」 体格の良い兄貴は、血塗られたブーツで地面に横たわる少女を蹴り飛ばした。 「きゃっ・・・」 「そんなことはどうでも良いんだよ!!あいつを殺すまで気が済まねえ!!!!」 「兄貴が・・・怒りモードに入った・・・!」 地面に苦しそうに倒れる姿を見、看護師はつい怒りを顕にしてしまった。 「そういう事をしてくれるなら・・・こっちも許さないからね・・・!!」 でも、これは本来の目的なのか・・・? 僕はあの騒動とともに王国に行って、一攫のチャンスを狙うのではなかったのか? なぜ・・・今自分はここにいるのだろうか・・・。やはり医師としての使命感なのか? 目的なんかとは・・・全然違うのに? だんだん訳が分からなくなり、怒りの全てに任せた看護師は果敢に二人の軍人に向かう。 「俺は何のために此処に居るんだーーー!!!」 「・・・・・・・・・」 目を醒ました時に映ったのは、ぼんやりとした照明だった。橙に染まる白熱球は昔の一軒家を連想させる。 「やっと・・・目を覚ましたね」 「わたし・・・・・・生きてる・・・?」 状況が読めないまま周りを見渡す。 少女は頭に違和感を感じたのか、頭に手を触れる。 「いたっ・・・」 「ああ、包帯がずれるからあまり触れないでね」 あっ、と言いながら頭から手を離す。 「ここは・・・病院?」 「そんな感じかな。ここは元々、怪我した軍人を看病する筈だったキャンプ。  さらに、君がその一人目の患者さんだった。という訳」 「・・・他の仲間は?」 「全員玉砕したよ」 「ふうん・・・・・・そうなんだ」 間を置いて看護師は話す。 「君、他の仲間とか、家族とかはいないの?」 「・・・・・・・・・」 「ゴメン、やっぱ聞いちゃダメだったかな」 「山のみんなは、あの戦争で全員・・・」 「死んじゃった・・・・・・?」 「・・・うん」 椅子の背もたれをギイッ、と倒しながら看護師は話す。 「そうか・・・それじゃあ僕と同じで独りぼっちなのか・・・・・・」 「・・・?」 「僕のところも家族は居なくなった。いや、存在はするんだけどね」 「ケンカでもしたの?」 「やんわりと言えば、そんな所かな。実際はもっとドロドロしてるんだけどね・・・」 「・・・・・・・・・」 どうして知りもしないこんな女の子に自分の素性なんか話さなきゃならないのだろうか。 半ば疑問に感じながらも、医師としての使命を守るために看病していた。 「お粥・・・食べれる?」 「・・・・・・」 ベッドの横の机に、優しく差し出すと、隣のスプーンでちまっと食べた。 「・・・!」 「大丈夫そうだね。よかった。後でリンゴもあるからよかったら食べてよ」 「・・・うさリンゴ・・・・・・」 皿には、それは歪な形であったが、かろうじて「うさぎリンゴ」としての形のリンゴがあった。 「慣れないナイフでやってみたんだけどね。これがうまくいかなくて・・・。それにしてもその耳、本物のうさぎなんだね」 「・・・・・・変?」 少々嫌そうに尋ねる。 「いや、実際に見るのは初めてでね。ちょっと驚いただけ。別に変じゃないし、逆にそういうの、好きだよ」 「・・・・・・・・・」 少々小恥ずかしそうにそっぽを向く。 「さっきの戦い、どうやって勝ったの?」 落ち着きを取り戻しつつある少女は、静かに問う。 「ああ、あれは後で話そうと思ってたけど、『これ』を使ってたんだ」 「・・・銃?」 「そう。正確には『ビート兵器』と呼ばれるものに改造した音銃なんだ」 「音銃・・・音楽かぁ。だから・・・」 「あんなガタブツ相手でも勝てたという事」 「そうなんだ・・・・・・」 「・・・・・・ごちそうさま」 「おう、食器はそのまま置いとけば大丈夫だからね」 「・・・うん」 かちゃり、と上品な音を立てながら粥の入っていた器を置く。 「これからどうしようか・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「君を返す『あて』も見つかりそうにないし・・・こんな危ない所にいるよか、別の星の所で引き取ってもらうしかないのか・・・?」 「・・・ねえ」 「ん?どうしたんだい?」 「どうして・・・わたしを助けたの・・・?」 「えっ・・・」 そう感じた少女は虚ろな目で看護師に疑問を投げかける。 「そりゃあ、自分はヒーラーだし・・・!他の人が怪我していたら回復させるのが仕事でしょ!!」 「・・・・・・」 「それに・・・、かわいい子があんな山の中で悪い奴に襲われるのを見て、放っておくわけにはいかないじゃん。あのまま死なれたら堪ったもんじゃない」 医師としての使命感を依願なく伝える看護師。元々はヒーラーとして雇われていたのだ。 「・・・・・・・・・」 「・・・こんな眼でも?」 「?」 「こんな、『死んだような』眼でも、かわいい・・・の?」 「・・・・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・ 束の間、看護師はおもむろに椅子から立ち上がり、ゆっくりと少女の所へ近づく。 「・・・!」 お互いの額が、そっとくっつく。 「それはどの眼がそんな事を言うんだい?」 お互いの眼が、正に目と鼻の先にあった。 「・・・・・・・・・」 「僕がそんな物で嫌うわけないじゃないか。仮にも僕はすべてを受け入れるべき医師なんだから」 「・・・この眼の所為で昔からからかわれて、ろくに友達もできなかった・・・」 「ふーん」 「でもわたしは、音楽が好きだから、歌と踊りでファンが少しずつでき始めた・・・」 「さっきの銃に興味津々だったもんね」 「でも、せっかく友達ができたのに・・・この戦争が・・・・・・」 楽しそうに話していた少女の顔がすぐに曇る。 「やっぱり、わたしは幸せになんかなれないんだわ・・・この眼で・・・生きていても意味が無いんだわ・・・・・・」 (生きる意味・・・?) 「そんなことは無い・・・!」 「だって・・・・・・」 「生きるもの、全てに生きる意味はある。僕は今までそれを見てきたから、分かるんだ」 「・・・・・・・・・」 「僕も、家族にも、仲間にも、しまいには国や上司にも見捨てられ、生きる意味なんて無いと感じていた時があった」 もの悲しげに看護師は話を続ける。 「それでも、自分と同じような境遇を持ってる人がいるんだと思うと、そんな事思ってられないよね、って思うんだ」 「・・・わたし」 「こうして、悪く言えば『捨てられた者』がこうして出会うのも、きっとこれも何かの縁なんだろうね」 「・・・・・・」 「どう?僕と一緒に付いてこない?」 「・・・え?」 「このまま君を捨てるわけにはいかないじゃないか。一応自分が住めそうなあてはあるから、そこに一緒に来ない?」 「・・・・・・どうして、そんなにわたしなんかを・・・」 「さっきも言ったように、衰弱した人は放っておけないし・・・このどうしようもない戦争にこれ以上君を巻き込みたくないんだ」 「でも、この腐った戦争もじきに終わる。戦果は雇われ側の自分としては『負け』だった。でも、自分にとってはいい経験だったし、それに」 「・・・それに?」 「それに・・・、今ここに、本当に守りたい人が出来たから」 「・・・!!」 「一つの種族としてではなく、一人の人として、ね」 「・・・そういえば・・・名前・・・・・・」 「ああ・・・そういえば自己紹介がまだだったね。僕はフィナレスって呼ばれてるんだ。昔からそういわれてるからそう呼んでくれていいよ」 「わたしは・・・・・・・テラ」 「え・・・ゴメンちょっと聞こえなかっt」 「ステラっていうの!もう、二度も言わせないで・・・!!」 あまりの突然の剣幕に、看護師は後ろへ反り返り頭を強打する。 「やれやれ、僕もまた包帯のお世話になりそうだ」 「夜も更ける、そろそろ消灯したいところだ」 「・・・大丈夫なの?」 「戦争の事か?なあに、さっきの爆発みたいな騒動で皆、王国の方へまっしぐらだったよ。全くどれだけ王に依存しているんだ。だからここには僕たちしかいない」 「そう・・・なんだ」 ホッと安心の笑みを浮かべるステラ。 「とは言っても、安心していられるわけではないし、ステラって言うんだっけ・・・?ここに残るか、それとも僕に付いて来るか、考えておいてね」 「・・・・・・」 「それじゃあ、お休み」 フィナレスはステラの隣のベッドで寝ようとする。 「・・・・・・・・・・・・ねぇ」 「・・・?」 寝ようとする看護師の目に、恥ずかしそうに手をヒラヒラと手招きする兎の姿が映った。 「・・・素直じゃないなあ」 「・・・・・・うるさいねっ」 「はいはい・・・、それじゃ一緒に寝ますよ」 「・・・んぅ////」 瓦礫、木片、動物の死骸、それに集る虫。山の朝は驚くほど静かだった。 キャンプをたたみ、移動の支度をする。 「それじゃあ、決心はついたみたいだね」 「うん・・・もう独りぼっちじゃ・・・ないんだよね?」 「当り前さ。決して独りになんかもうさせない。僕たちの未来のためにも。だから、頼むから僕のこと見捨てないでよ」 「・・・知らないっ」 「そんなぁ」 「さぁ、さっさとこんな星から脱出するわよ」 そう言いながら、二人は静かに星を旅立った。 これからやってくる、素敵な未来を夢見ながら。